石見神楽(いわみかぐら)−島根県浜田市 石見之國伝統芸能−石見神楽公式サイト−

八幡

八 幡(はちまん)

武勇の神、八幡宮の祭神である八幡麻呂を讃える神楽。九州宇佐八幡宮に祀られている八幡麻呂という神様が、異国から飛来した大六天の悪魔王が人々を殺害しているのを聞き、神通の弓、方便の矢をもって退治する。正義(神)対、悪(鬼)と言う石見神楽の代表的な展開の神楽である。
「弓矢とる人を守りの八幡山 誓いは深き石清水かな」


八幡様は応神天皇の御神霊で、全国4万社余りの総本宮が宇佐八幡宮で、その分霊は、平安京鎮護のための石清水八幡宮や、鎌倉の鶴岡八幡宮など、各地で祀られています。八幡信仰は、応神天皇の御聖徳を八幡神として称え奉るとともに、仏教文化と、我が国固有の神道を融合したものとも考えられています。
「八幡」「やはた」は訓読であったが、のちに神仏習合して仏者の読み「ハチマン」、音読に転化したと考えられる。 また、「ハタ」とは「神」の寄りつく「ヨリシロ」としての「旗」を意味する言葉のようである。
託宣をよくする神としても知られ、東大寺の大仏を建造中の天平勝宝元年(749年)、宇佐八幡の禰宜の尼が上京して八幡神が大仏建造に協力しようと託宣したと伝えたと記録にあり、早くから仏教と習合していたことがわかる。781年には仏教保護の神として八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の神号が与えられた。これにより、全国の寺の守護神として八幡神が勧請されるようになり、八幡神が全国に広まることとなった。後に、本地垂迹においては阿弥陀如来が八幡神の本地仏とされた。
また、応神天皇が八幡神であるとされていることから皇室の祖神ともされ、皇室から分かれた源氏も八幡神を氏神とした。源頼義は、河内国壷井(大阪府羽曳野市壷井)に勧請し、壷井八幡宮を河内源氏の氏神とし、その子の源義家は石清水八幡宮で元服したことから、八幡太郎義家と呼ばれた。 石清水八幡宮は多くの荘園を有したため、それらの土地に八幡神信仰が広まった。

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