石見神楽(いわみかぐら)−島根県浜田市 石見之國伝統芸能−石見神楽公式サイト−

五神

能 舞

五 神(ごじん)

登場人物
春青大王(しゅんぜいだいおう)、夏赤大王(かせきだいおう)、秋白大王(しゅうはくだいおう)、冬黒大王(とうこくだいおう)、埴安大王/五郎の王子(はにやすだいおう/ごろうのおおじ)、埴安の使い(はにやすのつかい)、所務分けのおぢい(しょむわけ)
神楽歌
鶴亀の踏みてならした庭なれば 
幾千代までも栄え久しき
あらすじ
春夏秋冬年中360日を治める四人の王子に、 第五の王子・埴安大王(はにやすだいおう)は自らに所領の分割を求めます。 四神は五倫の道、 五行の運行、 四節の経過、 四苦の存在などを長々と論じ、 天下はすべて四神の王土であると強調します。 埴安大王は怒り、 それぞれ五神とも合戦となるが、高天原の使い(おぢい)により均等に五分割されます。
石見神楽の中で最大の長編演目。難しい口上の中に自然の摂理がまとめられています。
見どころ見どころ
夜明け舞で、大蛇の後に奉納される最後の演目。四季の神様の中に突然、五郎王子の使いが現れて、面白おかしく4人の神様と交渉をするよ。
怒った五郎の王子と四神の決戦は迫力満点! 最後は仲直りするんだよ。

口 上
第一王子春青大王「そもそも自らは国常立王第一の皇子、春青大王とは自らが事なり。さて我が父国常立王と申し奉るは、天地とともに神明現はれたまふが故に、造化神、偶生神と稱し奉る。これを神代七代とは申すなり。然るに開闢の初め、国土成就すと雖も、万民皆山野に住居し、君臣父子の道も疎かにして、士農工商の別けもなく、森羅万象生ひ茂り、草木時を定めず、国土穏かならざらば、国常立王には詔を下したまふ。さて第一の王子、春靑大王には、東方甲乙の群を所在として、春分正中を司どり、造化をなして生育を専らとし、時候寒暖なく、万物を生成し国家を利益せよとなり。即ち詠み歌に曰く、『久方の天の香久山神代より霞みこめつつ春は来にけり』さて夏赤大王の御所存はいかに。」
第二王子夏赤大王「そもそも我はこれ、国常立王第二の王子、夏赤大王とは我が事なり。南方丙丁の群を所在として夏至を司どり、時候寒暖なく、万物を成長し国家を利益せよとなり。即ち詠み歌に曰く、『早苗とるころにもなりぬ神山の山時鳥早も鳴くらん』さて秋白大王の御所存はいかに。」
第三王子秋白大王「そもそも我はこれ、国常立王第三の王子、秋白大王とは自らが事なり。西方庚辛の群を所在として、秋分正中を司どり、五穀及び木實に至るまで、秋を豊かに取り納め。国家を利益せよとなり。即ち詠み歌に曰く、
 瀧田川これも紅葉のかげとかや月に桂に鹿ぞ鳴くらん
さて、冬黒大王の御所存はいかに。
第四王子冬黒大王「そもそも我はこれ、国常立王第四の王子、冬黒大王とは自らが事なり。北方壬癸の群を所在として、一陽来復の冬至を司どり、普く雨露霜雪を天下に施し、人畜鳥蟲一切の生物をおさめ養ひ、国家を利益せよとなり。即ち詠み歌に曰く、『三輪の山檜原の雪の消えぬ間に手折りて花のかざしとやせん』さて春靑大王の御所存はいかに。」
春青「さらばこの處自凝島は大八洲の起源なれば、天長地久国君鎮護のため、末代の群庶繁栄の楽を奏で、天の神御親の大祚を祈るべし。」

五郎王子の使「春靑大王夏赤大王様に物申さん。」
春青・夏赤「物申さんとは何所より来るものか。名を名乗れ。」
使「自らは国常立王子の末子、埴安大王の使にて候。我が君埴安大王申し上ぐる子細といつば、各々四神の大御神たちは、天下国家を押領し年中三百六十日を所領となされ、我が君埴安大王には玄猪閏月とても賜はらず、いかに末子なればとて、所領なくては叶ふまじ。早や早や分けて給びたまへとの御事にて候。」
春青・夏赤「いかにも乙彦の命を知ろしめす如く、八上姫の命をとり逃がせし事残念に候。この上はいかに計らひ申すべく候や。」

〈中略〉

埴安大王「各四神の大御神に物申さん。」
四神「我ら四神に物申さんと宣ふは、何處より来る者か、名を名乗れ。」
埴安「各四神の大御神たち、定めて知ろしめし候はん。そも我はこれ、國常立王の末子埴安大王にて候。即ち四神の大御神たちの弟なり。然るに未だ父の神の譲りなき故、度々の訴訟に及べども、使徒らに歸り候事、さてさて無念たるべき事なり。たとひ父の神の譲りあらずとも、所領を分けて給びたまへ、兄四神の大御神たち。」
四神「これはやらやら不審なり。聞きも覚えぬ声をして、我ら四神の弟なりと名乗りたまふは、さてさて不審に存じ候。我ら四神東西南北を四方に分け、四神の領地と定めたまふによつて、只今この處に國君鎮護のため天つ御親の大祚を祈る處に候へば、汝に所領分くる道理なし。早や早や立ち去れ、埴安大王。」
埴安「げにげに仰せ尤もの如し。四方の國を安國と治めたまへばこそ、天下泰平たるべき事なり。それ父の神の仰せにも、己れより兄には禮儀を盡し、己れより弟には愛憐の慈悲をたれ加へよとこそあるに、愛したまふ御心なくして、却つて我一人を敵となしたまふは誠にもつて心外なり。それ我が國は、天地とともに神明現はれたまふが故に、国を神国といひ、道を神道といふ。道とは常に道にあらず、君臣父子夫婦兄弟朋友五輪の道なり。各々身体髪膚父母に受け、頭に七穴あるは天の七星、腹に心肝腎肺脾の五臓あるは、地の五行なり。造化偶生の七神は天の理なり。我ら兄弟又地の理にして五神なり。それ譬へて申さうならば、雲なくしては雨降らず、土なくしては草生えず。父なくしては種まらず、母なくしては生れ来ず。天地同根、万物一体の外ならず。我とて四神の大御神たちの弟に相違なし。然るに四神たちは天下国家を押領し、年中三百六十日を所領として、某には玄猪閏月とても賜はらず。いかに末子なればとて、所領なくては叶ふまじ。早や早や分けて給びたまへ。兄四神の大御神たち。」
四神「汝末子なればとて未だ開闢の根元を知らず。仰いで天の理を見よ。伏して地の理を見よ。元享利貞なり。天に春夏秋冬の四節あり、地の又生老病死の四苦あり。寒熱温涼の四季ありて、雨露霜雪を天下に施し、人畜鳥蟲一切の生物を養育し、普天の下卒土の浜、四神の王土にあらざる處なし。汝に所領分くる道理なし。早や早や立ち去れ、埴安大王。」
埴安「さてさて承引なければ是非もなし。某も又此の上は、日食の幡、月食の幡じるしを眞先に押し立て、天の鹿兒弓、天の羽々矢を小脇に携へ、七曜九星二十八宿の星を冑に輝かし、一騎當千のつはもの、十万余駒の勢をもつて、老牛山、扶桑川に屯を構へ、さす敵を打ち亡ぼし、大御神たちを神拂ひに拂ひ平げて、若し渾沌の御代となれば、我又天一天上、四土用、六曜、八専、十方暮にしてくれん。さりながら、我に只今降参あらば、命ばかりは助けて得させん。」
四神「降参少しもなし。」
埴安「さらば形を變へて参るなり。」

〈中略〉

埴安「ああら腹立つやな。各四神の大御神たちに、又々申すべき事の候。只今合戦の場に至り、見奉ればその勢數万、東西南北に陣を取りたまひ、大軍山川満ち満ちたり。幼少にして幼稚の某、小勢にして向ふ事は、蟷螂が斧とかや。さりながら、風は強しと雖も柳の枝は吹き折らず、水は強しと雖も岩石は動かさず。たとひこの身は崩れ、骨は粉となり、体は山野に晒すとも、決して苦しからず。運を天に任せ、刀に目抜き、太刀に鍔、弓には弦、冑の緒をさかへとして、只一もみに勝負を決せん。何と大御神たち防ぐ事叶ふまじ。矢種は盡きじ雨の如く。」
四神「かかれやかかれ、數万の軍勢。」
〈以下省略〉





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