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頼政
頼政
登場人物=源 頼政(みなもとのよりまさ)・猪早太(いのはやた)・民・猿・鵺(ぬえ)
源頼政の鵺退治の神楽。平安時代末期、毎夜丑の刻になるとヒョ〜ヒョ〜妙な唸りと共に東三条の森から黒雲がわき出て、御所・清涼殿の上を覆い尽くすと、帝はひどくうなされ、病魔に侵されてしまいます。この何者ともつかぬ相手の退治を帝は弓の名手として名を馳せていた源頼政に命じます。
頼政は神明神社に大願成就の祈願を込め、五月の月の冴えわたる丑の刻、その日も突然に東三条の森から黒雲が立ち始め、みるみる清涼殿を覆う中、何か動く影が見えました。
頼政はすぐさま弓に山鳥の尾で作った尖り矢をつがえ”南無八幡大菩薩”と念じ、矢を放ちます。
すると、奇怪な声をあげ、庭先に落ちてきたのは、頭は猿、体は狸、尾は蛇、手足は虎の奇怪な獣・鵺(ぬえ)であったと云います。 

●平家物語より
平安時代末期の仁平三年(1153)の夏の夜の事(一説には七十三代堀河天皇の御世とも、八十代高倉天皇の御世ともいう)、丑三つ時になると、東三条の森の辺りより黒雲が立ちこめ、その黒雲は御所の上に来ると内裏を覆い隠すようにそこに留まった。時にはその黒雲からトラツグミ(「ぬえ」とも呼ばれるスズメ目ヒタキ科ツグミ亜科の鳥)に似た奇怪な鳴き声も聞こえたという。そして、その黒雲が御所の上空に立ち込めると、決まって時の帝、近衛天皇が苦しみ始めるという怪事が続いた。この帝の苦しみは、薬石も僧侶、神官の祈祷も一向に効き目が無かった。そこで公卿達が集まり考えた結果、これは妖怪変化の仕業に違いないということで、源雅頼の進言により弓の使い手の源頼政が妖怪退治のため御所に召喚された。頼政は従者として家司、猪の早太を連れ、内裏の大床にてその時を待った。
果して草木も眠る丑三つ時、件の黒雲が現れ内裏の上にと飛来してきた。これこそが帝を苦しめている妖怪変化に違いない、そう思った頼政は弓に矢をつがえると、心の中で静かに「南無八幡大菩薩」と念じ、黒雲めがけて矢を放った。その手応えは確かで、妖怪は大きな音を立てて、地面に叩きつけられるように落ちてきた。そこをすかさず猪の早太が駆け寄り、妖怪に九回ほど太刀を浴びせとどめをさした。
駆け付けた警護の者たちと手に松明を持ちその妖怪を照らしてみると、その姿は、頭は猿、胴は狸、手足は虎、尾は蛇という禍々しい姿であったという(『源平盛衰記』 では頭は猿、背は虎、足は狸となっている)。そして、その鳴き声が鵺(トラツグミ)に似ていた事からこの妖怪を「鵺」と呼ぶようになったのだという。
頼政は、この妖怪退治の功により帝より「獅子王」という御剣を賜わった。後の応保年間(1161縲・163)、二条天皇の御世にも再び鵺は御所に現れ、この時も源頼政が弓をもって退治している。

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