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五穀種元
五穀種元
登場人物=天熊大人(あめくまうし)・村君(むらぎみ)・人民(おおみたから)・神禰宜(かんねぎ)・お婆さん
日本書紀に記された保食神(うけもちのかみ)の説によって構成されている。月読尊(古事記では須佐之男命)に殺された保食神(大気津比売(おおげつひめ))の体より出た五穀の種を集めて天照大御神の捧げたところ大御神はたいへんよろこび人々の朝夕食べて生きるべきものとして植え広める様おっしゃられた。天熊の大人が、この五穀の種を授かり、天の村君に作り方を教え、村君はこれを人民に伝えた。村君たちは力を合わせ荒野を耕し種を植え、収穫し、神禰宜を呼び新嘗祭を行うため餅をつくという神楽で、農業の起りを説き、五穀豊饒を祈念しようとするもので餅つきの場面があることから別名「杵」とも言う。

●日本書紀 巻一第四話 天照大御神と月読尊
伊耶那岐尊の命で天界を治める事になった天照大御神と月読尊であったが、あるとき天照大御神が「葦原中国(あしはらのなかつくに)に保食神(うけもちのかみ)という者が住んでいるそうです。月読尊、おまえ行ってみてきなさい。」と命じた。
月読尊は、天照大御神の命に従い保食神に会うため下界に降りた。月読尊の訪問を受けた保食神は、尊を歓迎の席をもうけることにした。保食神が首をまわして、陸に向けた。すると口から米の飯が出てきた。また海に向かって首をまわすと、口から大小の魚が出てきた。また山に向かうと獣が出てきた。食材を用意し終わった保食神は、それを机にのせて月読尊をもてなそうとした。このとき月読尊は、怒りにふるえて言った。「おまえの口から吐き出したものを、この私に食わそうというのか。なんと汚らわしいやつだ。たたき斬ってやる。」と言って、腰の刀を抜き保食神を斬り捨てて天界に戻り、天照大御神に事の次第を報告した。すると、天照大御神は「月読尊、お前はなんという事をしてくれたのです。彼は下界の民の食べ物を生む尊い神なのですよ。彼はお前をもてなそうとして、その材料を自ら生み出したのです。そんなことも分からないのですか。お前の顔など二度と見たくありません。失せなさい。」と怒り月読尊を下がらせると天照大御神は、二度と月読尊と会おうとはしなかった。これによって天照大御神(太陽)と月読尊(月)は、昼と夜に別れて暮らすようになった。
この後、天照大御神は天熊人(あまのくまひと)を遣わして、保食神の様子を見に行かせた。保食神は本当に死んでいた。ところがその頭からは牛馬が、額の上には粟が、眉には蚕、目には稗、腹の中には稲が、さらに陰部に麦と大豆と小豆が生まれていた。天熊人は、それをすべて持ち帰って天照大御神に献上した。それを見た天照大御神は、大変び「これは、人民が生きていくのに必要なものばかりではないですか。」とおっしゃって、粟・稗・麦・豆を畑の種として、稲を水田の種とした。さらに天の邑君(あまのむらきみ)〔今でいう村長〕を定めた。その稲種を天狭田(あまのさなだ)と長田に植えた。その年の垂穂は、八握りもあるほどしなって、たいそう気持ちよかった。また天照大御神は口の中に、蚕の繭を含んで糸を抽ことが出来た。これから初めて養蚕が出来るようになった。

●火切臼(ひきりうす)と火切杵(ひきりぎね)
大国主神は、国譲りを承諾し、その場で死んでおしまいになりました。それで建御雷神(たけみかずちのかみ)は、出雲国の多芸志(たぎし)の浜に大きなお社を建てて、大国主の望みどおりに奉りました。そして櫛八玉神(くしやたまのかみ)という神を、お供えものを料理する料理人にしました。八玉神は、鵜になって、海の底の土をくわえて来て、お供えものをあげるかわらけをこしらえました。それから海草の茎で火切臼(ひきりうす)と火切杵(ひきりぎね)という物をこしらえて、それをすり合わせて火を切り出して、建御雷神に向かって言いました。「私が切ったこの火で、高天原の御殿の料理場のように、煤でいっぱいになるまで欠かさず火を焚き、かまどの下が地の底の岩のように固くなるまで絶えず火を燃やして、漁師たちの取って来る大鱸をたくさんに料理して、高天原の神々の召しあがるようなご馳走を、いつもお供えいたします」と言いました。建御雷神は安心し、天照大神と高皇産霊神(たかみむすびのかみ)に、このことを、くわしく奏上しました。

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