石見神楽(いわみかぐら)−島根県浜田市 石見之國伝統芸能−石見神楽公式サイト−

天神

能 舞

天 神(てんじん)

登場人物
菅原道真(すがわらのみちざね)、随身(ずいしん)、藤原時平(ふじわらのときひら)
神楽歌
東風吹かば匂いおこせよ梅の花 
主なしとて春な忘れそ
あらすじ
菅原道真公は生れながらにして才能があり光孝、宇多、醍醐3代の天皇に任え右大臣にまで登用されますが、時の左大臣の藤原時平はこれをねたみ、天皇に讒訴(ざんそ)し、道真公は太宰府へ左遷。その後、時平は39歳の若さで死にました。これは、道真公のしわざであると伝えられました。石見神楽では、道真公が時平と戦うように創作してあります。
(※讒訴=他人をおとしいれようとして、目上の人や主人に事実を曲げて言いつけること。)
見どころ見どころ
菅原道真は学問の神様として、大宰府天満宮や京都の北野天満宮に祀られているよ。衣裳の早変わりや激しい刀での立ち会いがあって、石見神楽の中で最も激しい演目の一つなんだ!
口 上〈校訂石見神楽台本より〉
道真「自らは天照皇大神第二の皇子、天の穂日の命の神裔後系にして、菅原の家に降誕し、自ら生まれながらにして乾坤を分ち、習はずして諸典を誦す。作らずして詩歌を吟じ、詣でずして神慮に叶ひ、戒めずして鬼神横領ならず、居ながらにして山海に通ず。我朝廷にあつては光孝、宇多、醍醐、すべて三代の帝に仕へ、博士を越えて三公の位に上り、無二の忠勤を盡すと雖も、わが君時平が讒を信じ、蝉の翅を重しとして千鈞を輕しとなし、遂に筑紫へ左遷の身となり、年月を漂泊す。如何に随身、藤原の帝國、菅根朝臣だにも怨みあり。我はこれより天拝山の頂に上り、罪なき由を天帝に奏聞し、再び都に打つて上らばやと思ふなり。」
随身「畏まつて候。」

道真「いかに随身、汝が勧めによつて、これまではおし寄せしが、汝はこれより北野に退き、永く禁廷を守護すべし。我はこれより筑紫大宰府に下るべし。」
随身「これは君の仰せとも覺えず候。伯夷淑斉は周の粟を食まず、我が君神功皇后は三韓を攻めたまふ。傍若無人の左大臣、やがて王位を苦しめ、礎礩を移すのは案の内、御卑怯なることを仰せられ候ものかな。早や早や御心を翻へし、取りひしぎたまふべし。自らこれより打ち物を捧げ、御供仕るべく候。」

道真「やあやああれに見えしは菅根朝臣か、定國か、さては時平が大臣か。彼等が館に押し寄せ、大勢に命じて鉄火を降らしめ、拆雷に命じてとりひしがしめん。汝ときの声をかけよ。」
随身「畏まつて候。」
随身「「やあやああれに見えしは、菅根朝臣か、定國か、時平が大臣にてはなきや。」
時平 「いやいや、我ら左様の者ならず。右大臣を罪に落し大望成就したれども、位はもとの左大臣、今は叡慮に怨みあつて、藤朝臣、胸の煙も絶えやらで、今こそ本名あらはかす。我こそ讒せし時平の大臣、悪心凝つて鬼神とや、鬼とも人はいふやらん。(幕内より)」




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